【書評】中国のAI技術と進むべき方向性:「AI Superpowers: China, Silicon Valley, and the New World Order」

最近、アメリカのAmazonで話題となっている「AI Superpowers: China, Silicon Valley, and the New World Order」という本を読んだ。
色々と面白い内容が多かったので、ここに書きたいと思う。

まず、この本の著者であるDr. Kai-Fu Leeは台湾で生まれてアメリカのカーネギーメロン大学で音声認識の分野でPh.Dを取った、人工知能の専門家である。現在はベンチャーキャピタリストとして北京を活動拠点にしている。
著者がどんな人かを手っ取り早く知りたい人は以下のTED動画を観ると良いと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=ajGgd9Ld-Wc

この本を読むと、とにかく中国のAI活用がものすごいペースで進んでいるということが分かる。もちろん、筆者が中国をベースにビジネスをしていることを割り引いて考える必要はあるかと思うが、筆者の中国がAI実装の分野で力を付けていくだろうというビジョンは本書を読むと説得力がある。
筆者はディープラーニングによる世の中のシフトは、2つの変革として表れていくだろうと述べている。すなわち、「発見の時代から実装の時代」のシフトと「専門家の時代からデータの時代」へのシフトである。

今現在も続いている専門家がアルゴリズムを考えて、新たな有効な機械学習手法を編み出していく時代から、その手法を実際に社会実装していく時代が来るだろうとの考えから、このシフトを筆者は考えている。最近は多くの研究者がarxivなどに論文を学会で発表する前に載せており、コード実装を公開する例も多い。インターネットさえあれば、それらの世界最先端の技術を学ぶことができ、ビジネスに応用していくことが出来る時代である。

ビジネスとして最先端の機械学習の成果を利用するには、必ずしも最先端の研究者が必要なわけではない。筆者は「Today, successful AI algorithms need three things: big data, computing power, and the work of strong — but not necessarily elite — AI algorithm engineers.」とも述べている。
このように機械学習の社会実装という面だけで考えれば、中国はアメリカに劣っていないという。また、研究面でも中国出身の研究者が多くの論文を発表するようになってきており、AAAIというAI関連の有名な学会の日程が旧正月と被るために日程を変更せざるを得なかったという象徴的な出来事があった。
https://www.theatlantic.com/technology/archive/2017/02/china-artificial-intelligence/516615/

このようにAI研究や社会実装で中国の力が伸びてきており、半分冗談であるが「中国がシリコンバレーにAI研究でどれほど遅れているか?」と聞かれた中国の実業家は「16時間」と答えたらしい。これはカリフォルニアと北京の時差である。「When asked how far China lags behind Silicon Valley in artificial intelligence research, some Chinese entrepreneurs jokingly answer “sixteen hours”—the time difference between California and Beijing.」と答えたらしい。

また、中国企業のハードワークさも今後のビジネスの行方に有利に働くと考えている。筆者に言わせると、中国企業に比べてシリコンバレーの企業はとてもゆっくりと怠けて仕事をしているスピード感の違いを感じるそうだ。また、非常に熱心に学ぶ中国の学生やエンジニアの話も紹介されており、英語圏の著名なAI研究者の動画などにはすぐに中国語の字幕や翻訳が出るとのことで、将来性ももちろん感じる。この辺りの話を読んでいると、高度成長期時代の日本の姿に重なるものを感じる。
もちろん筆者だけでなく、世の中の著名な人物も似たような評価を下している。たとえばエリックシュミットは講演のなかで「Trust me, these Chinese people are good. . . . If you have any kind of prejudice or concern that somehow their system and their educational system is not going to produce the kind of people that I’m talking about, you’re wrong.」と述べたそうだ。

この本のなかでは、一体何が中国をAI実装の分野で強くしているのかといったことが書かれている。例えば、独自の文化圏、国家主導の仕組みづくり、テクノロジーを一段飛ばしで来たこと、データを使われることへの許容、ハードウェアに強い深圳を持つこと、などなど様々な点が強みとして挙げられている。
例えば、独自の文化圏として、昔の話であるがグーグルサーチは中国市場を単なる一地域としてしか見ておらず、本格的なローカライズのペースが遅かったと言う(ちなみにこのころは著者はGoogle Chinaで働いていたそうだ)。通常、検索結果をクリックするとそのページへ飛ぶが、中国人は検索結果を「ショッピングモール」のようなものだと思っており、検索結果をクリックしてもそのサイトは別タブ・ウィンドウで表示され、検索結果のページが残ったほうが効果的であったという。Baiduはいち早くそのように実装し、Googleに対して優位性を取ったという。
また、国家主導の仕組みづくりとしては、地方自治体が競うようにしてITベンチャーを簡単に設立できる特区のような地域を作るなどして、ベンチャー企業が数多く設立される仕組みを作っている。

テクノロジーを一段飛ばしで来たことは、例えば多くの人にとってはデスクトップやラップトップを経由せずにスマートフォンがメインのデバイスとして使われるようになり、スマホ特化のアプリやベンチャーが生まれたり、クレジットカードを経由せずにQRコードによる支払いが進んでいくようになったことなどが挙げられる。
データを使われることへの許容とは、直接的に言及されていないが中国政府による検閲やプライバシーといったものの意識が近年まで問題になっていなかった背景などもあり、企業に個人データを使われても、それで便利になるならば許容する精神が西側諸国よりかは大きいのだと思われる。
また、深圳はハードウェアのメッカとして知られているが、現状では他国の企業に比べて中国企業は文化・言葉などの面でビジネスをしやすいという。他国が苦労しながらもハードウェアを深圳で作ろうとしている間に、中国企業は様々なトライアルアンドエラーを行ってAI技術を用いた新しいデバイスを作れるようになるだろうと著者は予測する。
このほかにも今後数年~十数年のうちに実現するであろう、AI技術を社会実装した例なども挙げられており、専門家の目から見た将来像を学ぶ上で有益な一冊であると言える。

後半は前半とは大きく変わって、著者のTEDトークにもあったステージ4のがんであると診断された後に気付いた人生の目的やそれに向けたAI活用の話になってくる。著者は、がんと診断される前は仕事一筋で、どれだけ自分が社会に与える影響を最大化できるかといったことだけを考えて生きてきたという。しかし、人との関りや家族友人を大切にすることこそが一番重要だと思うようになったと語る。よく言われていることだが、死の間際にあの時もっと働いていれば良かったと思う人はほとんどいない。
そういった出来事を踏まえて、AIの発展した時代には人間は人との関わりを活かした仕事を進めていくべきであると言う。例えば、誰もステージ4のがんを機械に宣告されたくないはずで人間的なアプローチを持った仕事は残っていくし重要であるだろうと予測している。この辺りはTEDトークを見てもらえれば良く分かると思う。

個人的にはこの本がアメリカのAmazonで大ヒットしている現実を見ると、やはり欧米諸国は中国とパートナー関係を結んでビジネスを進めていこうという流れが出来てくるだろう。最後の方にもこの本のタイトルである「AI Superpowers」は決して、冷戦や宇宙進出の競争の時代にあったような対立関係を煽るものではなく、米中で協力してAI技術を発展させていくべきであるとも述べている。そうなった際に置いてけぼりにならないように、日本企業が中国企業から学ぶべきところは多いだろうと思う。


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